広島地方裁判所 昭和43年(わ)700号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(無罪部分の説明)
一、本件公訴事実中、強姦の点は、
被告人は、A(当時二六年)の主人が留守中があるところから同女を強いて姦淫しようと企て、昭和四三年一一月二三日午後七時三〇分ころ、広島市荒神町一番七号簡易ホテル「たかた」二階四一号の同女の居室において、ふとんの上で本を読んでいた同女を押し倒し、上から押えつけてその反抗を抑圧し、同女のパンティを脱がせて強いて同女を姦淫したものである。
というのである。
二、よつて考察するに、前掲各証拠と医師中西喜雄作成の診断書を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、被告人は判示のとおり昭和四三年一一月初めころから、簡易ホテル「たかた」の二階四〇号室に止宿していたものであるが、相前後してAもその夫Bとともに同ホテルに止宿していたことから顔見知りとなり、同ホテルの廊下などで出会つた際には日常の簡単なあいさつを交していた。ところで、同年一一月二三日夕方から、同テホルで、止宿客の知人とともにビールやウイスキーを飲んだりしたのちひと寝入りし、同日午後七時三〇分ころ目覚めたが、これよりさきの同日午後四時すぎころ、右Aと出会つた際、被告人が「今晩は、ご主人は」とたずねたのに対し、同女が「主人はでています」といつていたのを思い出し、同女をくどきおとして肉体関係を結ぼうと考え、同ホテル二階四一号室の同女の居室にいたり、「お一人ですか」といいながら同女の承諾もないまま戸を開けてはいりこみ、「一人でさびしいでしよう」「ここに入れて下さい」「いつしよに寝さしてくれ」などといつたのち、退室を求める同女に「キスしようか」といいながら抱きつき、その場に敷いてあつたふとんの上に同女を仰向けに押し倒し、同女の右腕を自己の体で押え、同女の左腕を手でつかんで押えつけてパンティなどを脱がせたうえ、同女の上に馬乗りとなつて姦淫した。
三、ところで、強姦罪が成立するためには、その手段たる暴行、脅迫が、少なくとも相手方の反抗を著しく困難にさせる程度のものであることを要すると解されるのでこの点について検討する。まず、取調べた全証拠によれば、被告人が被害者Aを脅迫したことを認めることはできないけれども、一応有形力の行使として、前示のように、被告人が同女に抱きついてその場に押し倒し、その右腕を自己の体で押え、左腕をつかんで押えつけてパンティなどを脱がせ、その上に馬乗りとなつたことが認められる。しかしながら、相手に抱きついて押し倒し、パンティを脱がせ、馬乗りになるなどの行為は、強姦にいたらない姦淫においても一般的に伴うものであるともいえるのである。のみならず、本件の現場である四一号室の入口は、ガラス戸であつて外部から室内のようすがうかがえるばかりか、壁も薄く、少し声を出せば容易に室外からも隣室からも聞きとれるような状態であり、しかも本件行為時においては戸の鍵もかけられていなかつたことや、その時間からみて同ホテルには多数の宿泊客がいたと考えられることなどの諸事情を総合すると、被告人と右Aとが体格のうえでかなり差のあることを考慮にいれても、なお被告人の前示のような有形力の行使は、いまだ相手方の反抗を著しく困難にさせる程度にいたつたものであるとは認めがたいのである。しかもすでに説示したような状況からみて、被告人の意思は同女をくどきおとして肉体関係を結ぼうという程度にすぎなかつたものと認められるから、結局本件公訴事実中強姦の点については犯罪の証明がないことに帰するが、右は判示住居侵入の罪と牽連犯の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。(西俣信比古 神垣英郎 喜久本朝正)